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駅ライブ!

駅メモ好きなラブライバーのブログです!日々の出来事をつらつらと、たまに映画について書くことも。2016年1月19日ブログ開始

劇場版ラブライブ!の女性シンガーは未来の穂乃果なの?

ラブライブ!

劇場版ラブライブの話になると必ず話題に上がるであろうこの問題。
私自身この問題に関しては世間的な論を調べたりしていないので現状どういった意見があるのかわからないのですが、いっその事そのまま記事に残してから、いろいろ調べてみようかなと思いました。

まずいろいろ考えてみましたが、私的に答えを出すなら今のところわからないとしかいえません。 

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穂乃果とにている所

なんと言っても見た目(容姿)でしょうか。穂乃果がそのまま成長したらあんな感じになるかもね?と思わせる容姿です。
劇場版では穂乃果を導く存在として要所で登場しますが、わざわざ似せる必要があったでしょうか?

もうひとつは彼女の行動力。興味のあることに対してはそこに向かって真っ直ぐ進んでいける力があります。
単身アメリカに行って1人で路上で歌を歌うなんてそうそうできる事ではありません。
こういう部分も穂乃果らしいなあって。

それとおっちょこちょいな所も似ています。
穂乃果と出会って宿泊しているホテルに送っていく時に、マイクを忘れたといいます。
ここの演出が取ってつけた感があってわざとらしいんですよね。
ここのくだり正直必要ないような気がします。
未来の穂乃果という事を暗示させる為以外には。

もうひとつ思ったのは女性シンガーが穂乃果に「あなた、いちいち動きがオーバーね」と言って笑われてしまいますが、このようなセリフが出るならやっぱり未来の穂乃果ではないのかな?って思うのですが、それもまた違うかなと思います。
思い返すと、みんな大好きハロウィン回のキャラ入れ替えの時、希が「今日もパンがうまい!」って言った時のシーン。
穂乃果は「私っていつもこんなの?」って言っています。
という事はやはり穂乃果は自分を客観視するのがニガテ(というよりは深く考えない)なのかと思います。
よってここのシーンもまた怪しい・・・

未来から来たっぽい要素

1番ベタなのはやはり穂乃果以外の要素に接触しないところですね。
一緒にホテルまで来たのに仲間には会わなかったり。
穂乃果の実家まで来たのに、家にまではあがらなかったり。
その割には住んでいるところ周辺まで来れてしまうし。
今の時代ネットで調べればすぐわかる事かもしれません。
AngelicAngelをTVで見たのかも知れません。
本当のところはわかりませんが・・・

もうひとつベタな部分は境遇が似ているところですかね。
昔は女性シンガーもグループで活動していた。そして解散したということ。
そしてその先のこともわかっているような・・・
簡単だったよ。って。
そしていつだって飛べる。あの頃のように・・・っと幼少期の水溜りジャンプを知っていたかのような演出。

マイクを穂乃果に預けたままいなくなってしまうのもちょっと怪しいです。
仮に穂乃果=女性シンガーなら、これは穂乃果が女性シンガーの歳になったらアメリカに行って過去の穂乃果にマイクを渡すという円環構造なのかもしれません。
もしそうであれば、上で書いたマイク忘れた!のシーンもしっくりくるのかもしれません。

 

ストーリー以外から予想できる要素

ラブライブそのもののリアリティラインの設定の問題。
ラブライブの世界は私たちと同じで極力現実世界に近づけて作ってあります。
そして言い出したらキリがないですが、都合の悪い部分は排除しています。(金銭面や作詞作曲振り付けを考える時間等)
それと基本的なアニメ表現は当然ながらあります。(ありえないジャンプ力だったり、ないものがいきなり出てきたり)
この辺にリアリティラインを設定しているものとして、唯一逸脱しているものとすれば作中におけるミュージカル部だけになります。
それもPVと思えば特別おかしい事ではありません。
なので女性シンガーが穂乃果だったとすると、この部分だけがリアリティラインから外れ急にSF的な要素が入ってしまいます。
この設定だけが浮いた存在になってしまうんです。

タイムスリップ物としての定番の考え方だとすれば、時間を越えて自分自身に出会ってしまうとタイムパラドックスが起きてしまうといわれています。
なので未来の穂乃果説は微妙・・・それもいろいろな説があるのでわかりませんが・・

ストーリーとも若干絡んではきますが、わざわざ穂乃果っぽい要素を入れ込んでる所が怪しいですよね。
ただの穂乃果を導く者や精神世界での登場人物であればここまで似せたりする必要はなかったはずです。

私なりにまとめると

シリーズ通してラブライブという作品は、この女性シンガー=穂乃果説以外はリアリティラインが崩れる事はないかと思います。
なので女性シンガー=穂乃果説は微妙だと思います。

しかしなぜここまで同一人物をほのめかすような事をするんだろうか?
となると実際には存在していなく、穂乃果の精神世界での出来事なのかも知れない。
しかしそうすると持って帰ったマイクだけがよくわからなくなってしまう。

どっちとも取れる要素が多くて今の時点ではわからないです。

 

個人的感情では同一人物であって欲しいけど、作品全体としてはそういうことして欲しくないってニュアンスですかね。

 これからもいろいろな意見を聞いてみて、またいつか考えがまとまったら書いてみようかと思います。

 

 

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